天保3年(1832)、9代高松藩主松平頼恕(よりひろ)候に当時の三大名工の一人、仁阿弥道八(にんなみどうはち)が京都から香川県大内町(現在の東かがわ市)に招かれます。
そして、その地で窯を築き、京焼の持つ優美で雅趣のある作品を数多く作り、頼恕候に献上し、その功績により「讃窯」の銘を与えられることとなりました。
翌年、道八は京都に帰ることになりますが、長男と弟子たちの手で代々讃窯を継承し、順調な発展を遂げます。
しかし、明治18年頃に窯は途絶えることになりました。
その後約100年を経た1979年、地元で鞄製造業を営む長田英男氏によって、当時の窯跡付近に本格的な窯場が再興されました。
現在その地において、21世紀の「讃窯」として自信を持 って後世に残し得る作品作りに取り組んでいます。


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